ボディコーティングの利用が堅調に推移
デトロイトで北米国際自動車ショーが開催された。
そのとき日産車の展示コーナーに初めて見る丸っこい流線型のスポーツカーがハイライトを浴びていた。
まるで猫の目のようなヘッドランプの面白いクルマだ。
新型のフェアレディZである。
「日産が戻ってきました!」Zの脇に立ったゴーンがマイクを手に、こう切り出したという。
Zはポルシェほどの高級スポーツカーではないが、その気になれば大衆の誰もが買って乗れるスポーツカーである。
だからこそスポーツカーとしてこれまでに世界でいちばん多く売れ、いろんな人たちから今も愛されているのである。
Zをアメリカでそこまで育て上げたのが片山豊であるのは言うまでもない。
だが、もうちょっとで危うくZの名が伝説のクルマになるところだった。
それをニューモデルで再び呼び戻そうとしているのがゴーンである。
ゴーンがアメリカという国柄を知らないわけではない。
彼はルノーに移籍する直前まで北米ミシュランの社長として同社の再建に辣腕をふるっている。
そんなゴーンでもミスターKの誠実な人柄からにじむ「販売のこころ」を、単なる噂ばなしの伝承ではなく、自らが本人と会って継承したかったのではないか、と私にはそう思えてならない。
借金漬けのアンバランスシート三兆七〇〇〇億円これは九八年三月末現在、日産が手元資金などを差し引いても残った有利子負債の額である。
いくら低金利の時代だとはいえ、これだけ巨額の借金をかかえたら、早晩ニッチもサッチもいかなくなるのは当然であったろう。
それでも業容が右肩上がりならまだしも、日産は生産、販売とも目に見えて低落していくのが止まらなかった。
とくに借金がふえていった原因の多くが石原、久米の両社長時代に集中しているのは誰の目にも明らかだ。
借金も甲斐性のうちと考えたか、一部にこれ以上負債がふえると危険だという声があったのを無視し、当時の責任者たちは「カネのことはなんとかなる」と、キャッシュフロー経営のことなどまるで無頓着であったという。
もし中小企業であったらとっくに潰れていただろうし、倒産の理由は「放漫経営」と斬って捨てられたであろう。
だから久米のあとを継いだ辻義文はおそらく頭をかかえたものと思われる。
辻は日産には珍しいくらい決断の早いタイプであった。
彼は社長就任後まもなく座間工場の閉鎖と従業員五〇〇〇人の削減計画を発表した。
座間工場といえば郵小平をはじめ外国要人の多くが見学に訪れた主力工場である。
さらに二年後の九五年にはもう一段のリストラ強化策を打ち出した。
辻は入社以来生産畑の経験が長かった。
おそらくその影響を受けているのだろうか、彼が最重点課題として取り上げたのが本業での損益分岐点を下げることであった。
水ふくれになった企業の体質を筋肉質で均衡のとれた姿に戻し、一台当たりのコストを切り下げて競争力を強めようとしたのである。
それはそれで間違いではない。
かつてフォードを追放されたりアイアコッカが、瀕死状態に陥ったクライスラー社の再建を引き受けたりしたときも、彼が選択したのが縮小均衡策からなる損益分岐点の引き下げであった。
これでアイアコッカはクライスラー社を危機からよみがえらせ、一時は全米の星として大統領候補のひとりに名前が出るほどまでになったことがある。
しかし辻の場合は日産の星になれなかった。
二期四年で塙義一にバトンを渡した辻の印象からは、先輩たちが残していった不始末を処理するのにクタクタに疲れきった姿しか残らなかった。
主力工場の閉鎖と余剰人員の削減という、業界では初の大手術をしたわけだから、そりゃ疲れないはずがない。
しかしすでに日産の体力は、辻のとも思われた手術でも回復できない状態にまで衰退していた。
その原因は莫大な負債によるものであった。
たしかに損益分岐点を下げれば営業損益のほうは黒字にすることができる。
しかし企業の最終損益を占うのには営業外収支もはじかねばならない。
バランスシートの上で営業外損失が本業の儲けを食い潰してしまってはどうにもならない。
当時の日産はまさに営業外収支の赤字が足をひっぱっていたのだ。
なにしろ伝統企業であるうえに、かつては保有株式や全国に約三〇〇〇拠点もの土地を持つ分限者気取りの企業であった。
しかし身の丈を超えたキャッシュフロー無視の投資のツケは、辻の時代になって急速に重くのしかかってきた。
工場の一つや二つを潰したくらいでは生ぬるい状況にまで身体の芯が疲弊していたのである。
さらに追い討ちをかけるように右肩上がりの時代が終焉し、株式や土地にあった莫大な含み益も、みるみるうちに地下の深くへしみこんで消えていった。
それらが簿価を割り込んだわけではないにしても、分限者気分だけは間違いなく吹き飛んでしまっただろう。
大銀行は自動車会社を駄目にする財務をおろそかにした日産経営陣に多大な責任があったのはまぎれもない。
しかし貸し込んでいった銀行に責任はなかったのかといえば、必ずしもそうではないだろう。
とくにメインの興銀に節度ある融資の姿勢があったとは言いきれないものを感じる。
もともと興銀は川又克二を筆頭に、日産本体をはじめとして日産グループへ多数の人材を派遣してきた。
数えたわけではないが、ディーフーまで含めるとその人数はおそらく百人を下ることはないだろう。
私か知るだけでも三十人くらいはいる。
それが良いか悪いかを限られたスペースで論じることは難しい。
なぜなら、経営トップ層として派遣するか、それとも融資先の金庫番なのか、あるいは人材が枯渇している融資先の要請によるものなのか、それとも融資を受ける側か金づるとして受け入れようとするのか、個々に事情が異なるからだ。
問題なのは、一流銀行出身のバンカーたちが、自動車業界にのり込んできて本当に役に立っているのかどうかという点だ。
知るかぎりではごく一部を除けば大半加役に立っているとは思われない。
ひどいのはふてくされている者もある。
興銀に限ったことではないが、銀行が強い自動車メーカーを育てた例は一例もない。
少なくともトヨタや本田は、お金で面倒を見てもらうことはあっても、経営方針に嘴をさし挟むようなことは拒んだはずだ。
逆に銀行が駄目にした、あるいは折角の成長の芽を摘んでしまった例がいくつもある。
いちいち書けば、それだけで分厚い本になる。
なぜバンカーたちのキャリアが生かされないのか、それは自動車のことがよくわからないからだ。
お金を右から左へ動かすだけで利ザヤが稼げる銀行とはわけがちがう。
バランスシートを逆さに読んでも会社の内容がすぐわかるほどの人材でも、それで自動車の業界のことがわかるわけではない。
銀行のように他行と同じような金利で横並び護送船団でやっていける甘い世界ではない。
自動車は開発から販売まで、生きるか死ぬかの熾烈な競争にさらされている。
数字だけでは割り切れない経営の難しさが自動車にはある。
銀行から自動車業界へ転籍した大半が役に立たなかったし、むしろ会社の足をひっぱったケースのほうが多かった。
そうは言っても銀行そのものが役に立たなかったわけではない。
個々の自動車メーカーの成長を阻害したかわりに、メーカーの生命維持装置だけは取り外さない。
国内には今も危ないメーカーが何社かあるが、これまで一社も潰れていないのは、何はともあれ大銀行のおかげであるのは間違いない。
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